「何となく、霊に憑依されている気がしてならないという人」もいれば、「ドッシリと背中に何かを背負い込んだような重みを感じ、凄まじい吐き気をもよおす人」、「憑依霊の思いや痛みを感じたり、話しかけられたりすることもあるという人」、「顔の形相が他者(憑依霊)のものに変貌してしまっている人」、さらには、「本人の人格がどこかに消え去って、憑依霊と完全に入れ替わってしまっている人」、「憑依霊に自分の口を貸して話をさせたり、押さえ込んだりと、ある程度まで自分でコントロールのできる人」等が見受けられます。
お祓いの祈祷を受けた場合でも、祝詞の奏上が始まると、「身体の痛みを感じていた場所が、“ジョンワ、ジョンワ”と微細な電気が流れているような、温風を浴びているような状態になったりする人」、「痛みを感じていない人でも、合掌している手がそういった状態になる人」、さらには、「身体が前後に動き出したり、クルクルと円を描くように揺れ出したりして、自分で止めることができなくなったりする人」等がいます。
憑依体質の人というのは、ある種の「霊媒型シャーマン」の資質を持った方ということにもなるのでしょうから、憑依の形態というものを考える際には、文化人類学上の〈シャーマニズムの分類〉が非常に参考になります。以下の通りです。
※シャ−マニズムやシャ−マンの定義は学者の数だけあるということがいわれます。これは、それだけシャ−マニズムやシャ−マンの特質や性格、役割などがわかりにくいという事実を現しています。まず、現在における定義の大筋は次の通りとなります。
「シャ−マンの通常の意識がその働きを鈍らせ、弱らせた“トランス(心的分離状態)”の時に、“エクスタシ−(脱魂)”か、“ポゼッション(憑霊)”といった現象が起こるのである。」
◆佐々木宏幹
・シャーマニズムを「通常トランスのような異常心理状態において、超自然的存在(神・精霊・死霊など)と直接接触・交流し、この過程で予言・卜占・治病行為などの役割を果たす人物(シャーマン)を中心とする呪術―宗教形態」と定義する。
・エリアーデが、「魂の旅行」であるエクスタシ−を重要視したのに対し、佐々木は、脱魂も憑霊もシャーマンの超自然的な存在への直接接触・交流の型として理解する。
・現在において、「脱魂型」に比して「憑霊型」が圧倒的に多く、日本のシャーマニックな職能者は、「憑入型」と「霊感型」を併有していると言える。
・華人社会のタンキーが、老齢その他の理由で「憑入型」の神憑かりができなくなると、その地位を保てなくなるのに対し、日本のシャーマニックな職能者は「憑霊の幅が広い」と考えられ、「憑入型」から「霊感型」まで、経験と年齢に応じて移行することが可能である。
つまり、日本のシャーマニズムの特質は、「著しい多様性」にある。
●憑霊における「三つの型」
現在のところ「憑霊=神がかり」と見られる現象について、ほぼ次のような見通しを得るに至っている。
@神・精霊が当該人物の身体の中に入り、人格転換が行われ、シャ−マンは霊的存在として振る舞い「吾は某々の神であるぞ!」のように第一人称で語る。
A神・精霊が当該人物の身体の中には入らないが、リアルに姿を見せ、直接身体に接触して、胸部を圧迫したり、手足をつかんで振り回したりし、神意を伝える。シャ−マンは、「神さま、しかじかのことについて、何とぞ教えて下さい」と願い、霊的存在の答えを「はい、はい、わかりました」などといって受け、これを依頼者に伝える。この場合、当人には人格転換は起こらないので、霊的存在との直接交通も、第二、第三人称を用いて行われる。
B神・精霊が当該人物の身体に入ることもなく、またその身体に直接接触することもないが、シャ−マンの眼、耳、心を通じてその意志を伝える。「神さまに悟らせられる」とか「神さまにしゃべらせられる」という状況である。遠くから身体の悪い人が訪ねてくるとして、もしもその人が霊の影響を受けているとすると、悪いところの痛みが自分に現れるという。霊との交渉は第三人称で表現されることが多い。
@は人格が“神格化”または“霊化”している状態であり、Aは人格が神・精霊によって大きく“統御”されている境位、Bは人格が霊的存在の“影響”を受けている状況である。@を“憑入型”とでも表現でき、ABは“霊感型”とでも表現できる。
わが国のシャ−マニックな職能者は、奄美・沖縄に展開するユタやカンカカリヤ−を含めて、“憑入型”と“霊感型”を併有しており、通常の役割をはたすときには、霊感に頼る者の方が多いという。
◆小野泰博はこれを、以下のように分類する。
@人格変換型
A復話型
B取次型
@は、意識がすっかり別個の人格に専有されている状況で、「継続的二重人格」の場合であり、完全な“憑霊”である。
Aは憑依霊と本人とが同時に意識されることで、“神が私の腹の中にいる”などと表現されるものであり、「同時的二重人格」ともいえる。
Bは人格変換がなく、意識面が強くなり、目を閉じたまま神意を伝えるもので、普通の「直感」、「インスピレ−ション」ないし「連想」に近い。
「人格変換型」は、多く“シャ−マン化過程”や突発的な“憑霊体験”に見られるもので、“職業化”すると「取次型」が多くなるとしている。
◆ファースは、「精霊の主人=統御者」をシャーマンと呼び、「霊媒」、「予言者」に対比している。が、日本のシャーマン的人物、職能者には三つの型が存在し、互いに混合している。
@霊的存在の乗り物 (霊媒型)
A霊感の伝達者 (予言者型)
B精霊の統御者 (シャーマン型)
◆◆◆エリアーデや堀一郎にみられる、「脱魂型」シャーマニズムが真正で、「憑依型」は擬制であるという見解は否定され、型の相違は、地域・社会によるシャーマンの超自然への関わり方の差異とされている。シャーマニズムは、人類に普遍的な現象であるが、その様式を構成する諸要素は、諸民族の接触・交流によって伝播・普及しあい、各地のシャーマニズムは相互に影響を被り合うという。
※参考
駒沢大学教授・佐々木宏幹。文化人類学、宗教人類学者。宮城県気仙沼市出身。日本におけるシャ−マニズム研究の第一人者。
著書に『シャ−マニズム −エクスタシ−憑霊の文化−』、『シャ−マニズムの人類学』、『聖と呪力−日本宗教の人類学序説』、『仏と霊の人類学―仏教文化の深層構造―』、『現代と仏教』、『シャ−マニズムの世界』、『宗教人類学』等がある。
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