古代メソポタミア文明はチグリス川とユーフラテス川の間の肥沃な三日月州地域で発祥した。現在のイラクの一部に当たります。
約1万年前に最終氷期が終わると人類は定住し農業を始めますが、この地域では紀元前9,000年頃には農耕が行われていたとされています。
氷河期が終わり、広大な氷河が溶けて大洪水が頻発した際の人々の記憶が『旧約聖書』の創世記の中の「ノアの方舟」の話だとされるが、これはメソポタミア神話が元になっているらしい。(ユダヤ人の始祖アブラハムはメソポタミアの都市国家ウルの出自とされ、エデンの園はメソポタミアの都市、バベルの塔はジッグラトだともされている)
古代メソポタミアでは、シュメール、バビロニア、アッシリア、アッカド、ヒッタイト、古代ペルシア人等の多くの民族が各地に定住していたが、紀元前4,000〜3,000年頃に、ウル、ウルク、ラガシュ等の都市国家を発達させたのがシュメール人であり、彼らはやがて古バビロニアを建国する。
灌漑(かんがい)施設、高度な農耕器具、楔形(くさびがた)文字、ハンムラビ法典(損害賠償、負債取り消し、報酬、等価概念についても記されている)、金属の鍛錬、占星術、太陰太陽暦(後のギリシャで「メトン法」と呼ばれた“十九年七閏法”、「七曜」をも編み出した)を発達させ、他にも車輪、ワイン、ビールなどのアルコール飲料、そして六十進法が発明された。
これらは「カルデア人の智恵」と呼ばれ(カルデアとはメソポタミア地域の別名とされる)、エジプト文明、インダス文明の誕生にも影響を与え、両文明との交易も盛んに行われた。
現在、IS(自称「イスラム国」)の兵士たちが、彼らの偉大な「ご先祖様たち」が築き上げた貴重な文化遺産を破壊する映像が頻りにテレビに映し出されています。「文化大革命」当時の中国とも似た様子を呈しているが、こういった行為は全人類に対する犯罪であるとも言えそうだ。
★六十進法の「時・分・秒」はバビロニア生まれ
古代バビロニアのシュメール人たちは数値計算を得意としており、太陽の運行速度には季節によって遅速があることをも知っていた。水平線上に太陽が顔を出す瞬間から、すっかり姿を現す瞬間までの時間を、水時計から滴下する水量によって計測したとされる。
この時の水量が一日(一太陽日)で滴下する水時計の水量の約720分の1であることをも知り、さらに彼らは「六十進法」(60は2、3、4、5の最小公倍数であるために約数が多く、除算に便利)を使っていたので、720はちょうどその12倍となることから、1日の12分の1を1時間と定めた(現在の2時間にあたる)。これは太陽が直径の6倍分だけ天空を進んだ時間となります。
太陽の直径(視直径)分の進行時間×3 = 現在の1時間
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